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微雑音

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ブログ No.13

2021-07-16
 今回は写真はありません。久々のブログです。もっとブログも書きたいのですが、なかなか手が回りません。コロナ禍が続く中、家の掃除や整理をなさる方も多いと思います。うちも、モノにあふれており、時間を見つけては、出来るところから断捨離めいたことをしています。先日、机の中を整理していたら、一片の紙に以下のような走り書きのメモが出てきました。どこかの書物を写したものでしょうが、確かに私が書き写したものです。いつどの本から写したのかまったく覚えていませんが、これが何かお分かりですね。

「 四迷 45 ベンガル湾上で客死          紅葉 36 胃がん
  鴎外 60 腎臓炎               一葉 24 結核
  透谷 24 自殺                漱石 49 胃潰瘍
  武郎 45 人妻と心中             竜之介 35 服毒自殺
  多喜二 30 獄死               康成 72 ガス自殺
  利一 49 病死                寛 59 狭心症
  辰雄 48 肺炎                基次郎 32 病死
  賢治 37 病死                敦 33 ぜんそく
  治 山崎富栄と入水自殺              由紀夫 45 自決
  中也 30 病死                 道造 24 病死
  啄木 26 病死                 子規 34 病死 」

 すべての方の姓はお分かりでしょうか。すべてでなくとも、いずれの作家の一つや二つの作品を皆さんも読まれたことがあると思います。そういえば、最近文豪の死にまつわる本が出版されたような気がしますが、その本の題名も何も思い出せません。ともかく、このメモを見ていると、なんと文豪たちの生涯は短いことかと思わずにいられません。
 明治大正昭和に比べると、現代は医療も社会保障も進んでいると思います。日本は世界に冠たる長寿国となりました。それはそれで良いことなのですが、長寿国イコール幸せな国、素晴らしい国とは単純には言えないでしょう。そうは言うものの、私自身、まだまだ死にたくないと思います。これこそ煩悩のなせる思いではありますが、これらの文豪たちの死亡年齢を見ていると、やはり人はいつ死ぬかを心配するより、どう生きるかを心配するべきであると思います。そして、死はそれですべておしまい、ではないというのが、真宗の教えです。お浄土での私の仕事は決まっています。だからこそ、この現世において、しっかり自分のすべきこと、したいことを見いだし、小さなことからまだまだチャレンジしてゆきたいと思うこの頃です。

ブログ No.12

2021-04-06
義純師彫刻の釈尊誕生像
境内の牡丹
イチョウの若葉
ハナミズキ
 4月8日はお釈迦様の誕生日である「お花まつり」の日です。「花まつり」は「仏生会」(ぶっしょうえ)とも「灌仏会」(かんぶつえ)とも言われます。「灌仏」とは、「お釈迦様つまり仏様に甘茶を注ぐ(灌ぐ)」法会という意味です。お釈迦様がお生まれになったとき、天から甘露の雨が降り注いだと伝えられることにちなみ、香木を浮かせた水や甘茶を注ぐという儀礼が大昔から行われてきました。
 この時期、全国の寺院などで法会や子供たちが集って花まつりが行われていることでしょう。(今年はコロナで数は減っているでしょうが)
 当山では、これまで特に法会は行ってませんが、長らく倉庫に眠っていた、私の祖父義純(善養寺第17世住職)が彫りかけていた釈尊誕生像を今年から本堂前におまつりします。甘茶は置きませんが、もしよろしければお参り(ご覧)ください。
 日本は、クリスマスが本来のクリスマスの意味や儀礼とも関係なく、もはや国民的文化行事になっていますが、花まつりは知らない方もきっと少なからずいらっしゃると思います。まして、お釈迦様のご誕生をなぜ祝うのかも分からない人もいらっしゃるではないでしょうか。もしかしたら、お釈迦様自体ご存じない方もおられるかもしれません。
 姫路では、毎年、名古山霊園というところで、名古山まつりとして姫路市仏教会も協力して、花まつりを勤めてきましたが、去年と今年はコロナ禍のため中止になっています。
 コロナの感染拡大は続いていますが、季節は確実に春本番を迎えています。当山の近く、姫路城北の外堀沿いの桜並木はすでに葉桜になってしまいました。
 当山の境内では、毎年はもう少し後に満開になるはずの牡丹が、早くも満開です。ハナミズキも咲き始めました。イチョウはいつの間にか小さな葉が伸びていました。植物は敏感に気温の変化に反応するんでしょうね。春の到来とともに、なんとかコロナも収まる方向になってほしいものです。
 では最後に、ブッダの言葉である法句集から、私が何度も掲示板に書いた言葉を紹介しましょう。今月もこの言葉を掲示板に書きます。
 「他人の過失を見るなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。
  ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ。」

  (「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳 岩波文庫より)

ブログ No.11

2021-03-03
沈丁花①
沈丁花②山門横です。
お雛さんは必ず飾ります。
祖父が遺していた未完成の親鸞様の木像
 毎年のことですが、2月がささっと過ぎてゆきました。日頃ぼおっと過ごしているせいか(いやいや法務は真剣に、楽しくしておりますが)日の過ぎるのがとても早く感じます。
 当山の境内の風景を少しばかりアップします。境内の梅はそろそろ終わりです。先日の風雨で梅の花が大量に落ちました。春一番だったそうです。
そんな境内ですが、山門横の沈丁花が満開を迎えました。ほんと、沈丁花の香りはいいですね。まさしく癒やしの香り。私にとってのアロマセラピーです。
手元の歳時記を開けると「沈丁の花をじろりと見て過ぎる」(波多野爽波)という句が載っていました。沈丁花は春の季語です。歳時記は開けても私は詠みませんが。
この沈丁花の香りを言葉にしたいとは思いますが、俳句にするにはまだ試行錯誤が必要です。
 それで、歳時記を開いたついでに、3月3日は桃の節句なので見ると「桃の日や深草焼きのかぐや姫」(一茶)とか、彼岸会の季語のところには「命婦よりぼた餅たばす彼岸かな」(蕪村)とありました。「たばす」なんて難しい言葉ですね。蕪村の句ですから、江戸時代の言葉ですが、「たぶ(賜ぶ」+尊敬の「す」であろうと、ネットに出ていました。(ネットには何でも載ってます!)命婦は女官のひとつです。高貴なお家の方から、お彼岸にぼた餅(おはぎ?)を蕪村がいただいたのを詠んだのでしょうか。面白い句です。
 この文をアップした今日は桃の節句。天気はいいですが、冷たい風が吹いています。
今日は、本年度の第4回仏教講演会です。また、講演会の様子もアップします。お参りの方、少し寒いですね。コロナと寒さに気をつけてお参りいただきたいです。

ブログ No.10

2021-02-23
写真⑤
写真⑥
写真⑦
    緊急事態宣言が解除されるかもしれないという報道が出てきました。しかしまだまだ油断は禁物でしょう。
 さて、毒にも薬にもならぬこの島影の連続ブログは今回で終わります。
 前回、姫路の南、播磨灘に見える大きな島影は小豆島ではないか、との話をしました。写真⑤は赤穂からの小豆島の島影です。誰に聞いても、分からない、知らないというので、こちらから見ているばかりでは分からないと、実は、昨年コロナ感染者数が若干減少した時期した某日、実際小豆島に行ってきました。姫路港からフェリーに乗り、小豆島福田港まで約1時間ぐらいだったでしょうか。家島群島の横を通り、小豆島に着きました。
フェリーに乗り、家島が近づき、小豆島が大きく見えだした頃(写真⑥)ああ、あの島影はやっぱり小豆島だったのだと、まことにオーバーでおめでたいとも言えますが、長年の疑問が解け大変うれしく感じました。フェリーから、相生や赤穂も結構近くに見えました。
 小豆島に着き、寒霞渓に行き、展望台に上ったときは頂上付近だけ雲がかかり、何も見えませんでしたが、説明板にはなんと60Km四方が見渡せるとありました。誠に残念です。いつか快晴の時にまた来てみたいです。
写真⑦の地図をご覧ください。姫路の広峰山から、小豆島は直線距離で約50Kです。以前、何かの本で、姫路の広嶺山から直線距離で約70Km離れた鳴門海峡大橋が見えたという記事が写真付きで載っていたのを見たことがあります。こういうのは、非常に空気が澄んだときに起こる特別な現象らしく、通常は、広峰から鳴門海峡は見えません。小豆島はいつでも見えます。
 ともかく、姫路から南の播磨灘を見ると、家島群島の西に大きく小豆島が横たわっているのが見えるのです。この記事をお読みになった方、一度小豆島をご覧くださいね。小豆島は遙か西の方にある島ではありません。播磨灘と瀬戸内を分ける境界のような島なんです。
 ただし、今回わざわざこのようなブログをアップしましたが、姫路の方でもあれが小豆島と知っている方もたくさんいらっしゃると思います。小豆島の皆さん、気をお悪くしないでくださいね。
 海を隔てた距離感は、錯覚に似たものがあります。子供の頃、叔父の世話で、自衛隊の護衛艦に乗せていただいたことがあります。その時も、瀬戸内海を航行したと思うのですが、今でも不思議に覚えていることがあります。航行中、自分たちが乗っている船のほんの近くにフェリーが航行していました。その時、隊員の方が、固定の双眼鏡のようなものを見た後、そばにいた人に「あの船までどれくらいの距離だと思いますか?」と質問しました。聞かれた方は、何メートルか比較的近い距離を言ったように思います。しかし、その隊員さんは、「実は2Kmです。」と言ったので、私も含め、そばで聞いていた人は皆とてもびっくりしたのです。すぐそこに見えるような船まで、実は2Kmも離れていたのかと。素人の方向感覚や距離感はあいまいなものです。やはりコンパス等が大切ですね。
 距離感のついでにもう少しお話を。
 以前、奈良県の確かお寺の住職さんだったような気がしますが、奈良山中から富士山を撮影できたという記事も見ました。(勘違いならすみません) 
また、10年以上前、四国最高峰剣山に登ったとき(頂上近くまでロープウェイーがあります)、この時は薄曇りで遠くまでは見えませんでしたが、天気が良い日は(よほど良い日でしょうが)剣山からは、北は大山、東は高野山、西には石鎚山が見えるということでした。高いところまで行けば遠くまで見えるのは当然ですが、思いがけず遠くの景色が見えるとなんか楽しいですね。山登りは、頂上からの絶景も大きな魅力の一つですね。
 ステイホームの今日この頃、どこかに行きたいとうずうずしておられる方も多いでしょうね。まずは、ネットで絶景写真でも眺めましょうか。 

ブログ No.9

2021-02-20
写真③
写真④
 このブログを最初にご覧になった方へ。このブログNo.9は、No.8からの続きですので、出来ればそちらからご覧ください。
   さて、果たしてあの島はどこなのか?という実にどうでもよいようなお話です。だから何なの?と言われても何もでません。そんなブログです。笑
 ともかく、姫路南の播磨灘に見える島々は、家島諸島である!とどなたも断言されます。実は、高校の社会科の先生でもそうおっしゃいました。
 また、網干方面にお勤めの方でも、「姫路から見えるのは、そりゃ、家島やでえ!小豆島なんか見えへんでエ~!」と断定的におっしゃるのです。
 ある時は、姫路の西、新舞子という海岸からの眺めをネットにアップされ、アップされた方に、向こうの方に見える島は小豆島ですよね!?と返信すると、「エエー?そんなんわからん!」と返ってきました。
 実は、写真③は先ほど述べた「新舞子」から。写真④は相生の岬からの写真です。
 そうなんです。私が長年不思議だと、いや疑問に思っていたのは、播磨灘に見えるこの島は、家島群島の一つではなく、小豆島ではないのか?ということでした。
小豆島は、ご存知の通り、瀬戸内で淡路島に次ぐ大きな島で、香川県に属します。姫路南の播磨灘には家島群島があります。
写真③はかすんでますが(撮影時間が悪かった!)、以前、新舞子のレストランで食事をしたとき、この食事の部屋からこの島が見えるので、
たつの市在住の方に、「あの島は小豆島ですよね。」と聞くと、「いやー、小豆島はもっと西やで。家島の一つや。」と即座にきっぱりと言われたのでした。
 家島群島は、家島、男鹿島、坊勢島、西島など6つの主な島からなります。家島も男鹿島も結構大きな島ですので、姫路から見えるのは家島だと言われる方が多いのでしょう。
再度、ブログNo,8と9の4枚の写真をよーく見てください。大小、濃淡ありますが、すべて同じ島影なのです。
 つまり、姫路から見える大きな島は香川県の小豆島だったのです。ということで、あと1回だけ、このどうでもよいブログを更新します。
浄土真宗 本願寺派 
要谷山 善養寺

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